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トルストイの言うような一切の自己愛を捨てて他人を愛したり守るというのは難しいというか不可能な事だと思うけれどもそれに近い感覚が自然と自分の中で湧き起こるようなことが常態化すれば確かに人間として幸せのような気もするは確かにね~っと実感しつつある今日この頃

愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ。それとも、愛は一つの快感であり、それを経験するかどうかは運の問題で、運がよければそこに「落ちる」ようなものだろうか。この小さな本は、愛は技術であるという前者の前提のうえに立っている。しかし、今日の人びとの大半は、後者のほうを信じているにちがいない。
~エーリッヒ・フロム~


( -_-)ジッ
ちゃまです。


最近妙に以前に読んだトルストイの人生論が身にしみて頭に蘇るような日々を送っております。
( -_-)「あとエーリッヒ・フロムとかね~」(゜Д゜)「人間とは?愛とは?ってどれだけ書かれてるいるもの読もうが教えをこおうが、やっぱり自分自身で各々それぞれの人生から経験とそれに伴う苦悩と自問自答やらをあじわわないと身にしみて理解なんか出来ないし活かせないってことだよな~」

なかなかブログの更新も出来ておりません。
( -_-)「書きたくて仕方なかったのですが…それとは裏腹にログインすることすら出来ないくらい頭に余裕がなかったというか…対処、処理しなきゃいけないことに容量いっぱいいっぱいで…本当につくづく頭悪いというか…不器用というか…」(゜Д゜)「まぁ仕方ないよ~おそらくそんな状況で記事書いてもこれまでもめちゃくちゃな内容なのにさらにめちゃくちゃなってたよ…まぁでもそこはさらに開き直ってめちゃくちゃ書いてもそれはそれでおまえ自身の本音だしその後どうなろうがいいんじゃないかこんなブログ!!〖」

前回、再開出来るかなと思ったのですが…さすがに事が事だけに年齢の割には酸いも甘いも経験してきたと自負ある30過ぎたおっさんとはいえ、まだまだ若僧なので一筋縄ではいかず、なかなかブログにログインすることも出来ないというか余裕がありませんでした。
( -_-)「本当に祖母が倒れてから2月初旬くらいまでずっと胃腸炎が続いてるような感じだったりしたしね~」(゜Д゜)「母親は体力的におまえは脳適にフル回転だったよな~あの自分の母親(祖母に対して)に対して叔父の言行動…これだけ個々に対して理解もこれまでの経緯も踏まえて少しでも祖母の本懐遂げていこうという風に甥がここまでご説明させていただいとるにも関わらず…やっぱりダメなんやな…そりゃ祖母も死の淵から蘇ってくるわな…こそこそ叔母やら頭上がらん嫁さんの陰に隠れてグダグダ言っとんじゃねぇよな!全部入ってきとんねん!!『文句あるなら俺に直接言ってきて~めんどくさいしお婆ちゃんの様態的にもそんな余裕ないから!』って言ってるにな~こっちはここ十数年…そしてここ2年…それを急激まとめなあかんかった上から下から反吐が出る程のこの2ヶ月…あらゆる準備してお待ちしておりますのでどうぞ!!あの話合い以来ますますこそこそ…なぁ…さすがだよなぁ自分の母親詐欺ったやつわ!!!そしてそれに協力するつい最近までってかどこか未だに90過ぎた大した落ち度ない母親に変な恨みを自ら克服すことなく持っている叔母!!叔父、叔母の母親と妹であるの同時におまえの祖母と母親だからなぁ!!!!!」

ちょっと疲れてきたので愚痴っぽくなってしまうのですがそういうブログでもあるので思考整理の為にちょっとずつ書いていきます。
( -_-)「気がつけば早くも3月…今年ようやく2度目の更新…祖母を在宅で看ることになりその準備に、どの兄弟姉妹より遠くで生活しつつ、ひいき目でなしで冷徹に客観的な見方しても末っ子ながら一番祖母想いの母…そしてその息子でしかも田舎の長男という外孫レベルの高いちゃまが事務的にも実務的にも内輪もめごとにも奔走しなけれいけないこの現状…」(゜Д゜)「祖母のことは他の孫等より自分なりに昔からうれいつつそのために、母のオブザーバーにはなってもあえて祖母のためにもと包括的に考えたりして直接介入は避けてきてたのにな…まぁ仕方ないよ~おまえも変に熱いところ母親から受け継いでしまってることあるし~親を親とも想ってないような自己愛満たしたいだけの腐れ団塊でしかもほんまにアヘンとして宗教使ってしまってるようなそ@かの悪いところ全面に出ちゃってるおまえの叔父や叔母と直接対峙してしまったら、変に過去の親族間のいざこざみたいな記憶力があったりして精神潔癖みたいなところがあるおまえとしては起たざる負えなかったよな…」


さて、今のちゃまは、人間は死ぬときは独りだと考えています。
( -_-)「子供の頃からそんな風に考えていたわけじゃないから!そこまでひねくれて生まれてきてないからね!!むしろ30になるギリギリまで『愛する家族や子供に看取られながら惜しまれつつ死ねればなぁ』とか普通に考えてたからね!!」(゜Д゜)「普通にかどうかはおまえの性分的に怪しいところだし…わかんないけれども…まぁ…強く目指しはいてたな…」

なので独りで生きていくことに関しては何のわだかまりもありません。

ただ、それは、これまでの人生経緯の中で精神的に楽になる為にそうなっていっただけのことであり、本望としていたことではありません。

しかしながら孤独になるということは、保身の為になにかしらの事情から逃げているように考え又は考えられがちなのです。

実際にちゃま自身も、どこか「他人」という存在に対して覚めてしまっているという自覚があるのですが、それは自分自身と想う人達を守る上でその方が都合が良かったのだと今は想うのです。

人間は生きる上でどうしても越えられない不条理があるものです。

それは何かを犠牲にしないと生きられないということです。
( -_-)「本当に普通に生活してても感謝することに溢れてますね」(゜Д゜)「即席麺一つコンビニで買っても、いろんなことに感謝だよな」

ちゃまは理性をもって生まれた人間が対峙しなければいけない最難敵なのだろうなと考えたりします。そしてこの事はある意味での真実として受け入れられるわけです。

その為に命短いものも長寿を全うするものもいるのは、今状況では当然のことで、これだけ歴史ある高知能生物たる理性持つ人間という生命体としては誰もが自分も他人も活かし生かしたいのは当然なのですが、まだまだ未熟故に自分が出来る範囲の守るものしか守れなくて、そのためにどこか足も引っ張りあってるのが現状なのかもしれません。
( -_-)「まぁ~ねぇ~恵まれた環境に生まれてようがお勉強出来ようが劣悪な環境に生まれようが障害持って生まれようが中途半端に生まれてこようが、そんなことどのサイズで計ってぐだぐだ言ってるのかちゃまにはものすごくわかるけれどもわかりませんわ~ってのがちゃまのこれまでの人生経験からの思考でのいろいろあったここ2ヶ月くらいのちゃまの口癖です」(゜Д゜)「『ぐだぐだうるせんぇだバカやろ~いつまで足引っ張りあっとんねん!!なにが宗教だ!なにがそ@か学会だばぁか~君らやってることは釈迦どころか日蓮も否定してたような生き方やないか!!だからアヘンやぁ言われんねん!!中途半端に都合よく楽になりたいが為だけに宗教使うのいい加減止めろや!!そんなに宗教に逃げたいくらい苦悩出来る脳も性分も持って生まれたならもっと自分自身で思考して苦悩して己を高め磨き上げろやぁ!!腐れ団塊でそ@か脳相手にしなあかんこっちのみにもなってみろや!!ぐだぐだ言いやがって90過ぎた母親が死ぬ時やいうとるやろが!情けない…自己愛ばっかりで都合よく脳内変換しやがって俺の変な記憶力と虚無思想なめんなよ!!話にならんのだ!!!そんなこと見透かされてないとで本気で考えてるの??あなた方が社会一般的普通とでも??人はよく見てますよ…』ってな…」

そして、科学がどこまで発達していつか不死の時代がくるのかも阿呆な私にはわかりませんが、とりあえず今現在、自分も私が想う人達も死ぬことは確実だと想うので、ちゃまの出来る範囲で自分自身も想う人達も守りたいと考えています。

しかしながら、そのことを遂行するうえで、ちゃまはどこか覚めてしまっている腐れニヒリストなので、どこか冷徹な思考と合理性を念頭になるべく穏やかに時には烈しく事務的に処理する時は速やかに、感情的に処理しなければいけない時こそ理性を持って言行動していきたいと考えてます。
( -_-)「ちゃまが今現在、一番守りたいのは根本的にはやっぱり姪っ子と甥っ子!その為にも母にも祖母にも悔い無きように生きていただきたい!!そしてちゃま自身も!!まぁこれもちゃまの欲で背負った業何だろうけど!そのためなら本当に自尊心ぶっ壊してひれ伏そうが心地よくなるというか無になって処理出来るのだよね~人間って本当にすごいとつくづく…」(゜Д゜)「本当にその為にもなぁ~こんな言い方したらエゴっぽくとられるけど、本当にそういうことなんだよな!だから叔父にも叔母にも従兄弟達にもいろいろな意味で良くなっていただきたいやらどうか幸せにと願ってるわけだけどな!!しかし、最近のおまえ見てると本域で鬱病乗り越えたのかこんな状況でこれからもっと大変なの想像してるのになんか幸せそうだよな~本当にこれまでの人生でどんな形にしろ関わってもらった人達に理解して感謝しろよな!!!」



最後に最近よく頭に浮かぶ言葉です。

「他人の幸福のために自分の生命を犠牲にすることなどできない」と言うが、人がこの感情を知りさえすれば、もはや死も目に入らなくなり、恐ろしくなくなるだけでなく、人間にゆるされた最高の幸福のように思われるものだ。
~トルストイ~
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( -_-)「ふぅ~すっきりした!!さぁまだまだこれからもっと大変だ~またがんう゛ぁろう!!!!」(゜Д゜)「やっぱりブログっていいな!!!」

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2014年|03月|04日|09:16 |from -|

No title

ブログ、続けてください。
トルストイ、それも晩年のトルストイ。
自らの大作を否定したトルストイ・・・。
もう一度読んでみようかと思いました。

2014年|03月|05日|11:40 |from 蔵田誠| URL

No title

>しかしながら孤独になるということは、保身の為になにかしらの事情から逃げているように考え又は考えられがちなのです。

この言葉はガツンときました。
私は、どちらかと言えば孤独色の強い人間です。しかし、逃げてる訳でもなく、その状態が好きなんです。
逃げてるように考えられがちなんですね。思ってもみない言葉でした。

追記
これも縁ですので、リンクさせていただきます。

2014年|03月|05日|17:01 |from ken| URL

蔵田様


こんにちは。
毎度、お気に入りかけていただきましてありがとうございます。

いろいろありご無沙汰いたしております。

急にこんなことになり、ブログも放置状態でまだまだ間が空いたりすると思いますが今後ともよろしくお願いします。<(_ _)>

私自身は、田舎生まれの典型的(かどうか疑問ですが…)日本人でキリスト教にも縁もゆかりもない、つい数年前まで読書習慣すらなかった人間なのですが、不思議にどうしてもそのあたりの時代(19世紀~20世紀初旬くらいでしょうか)の西欧の作品で特にロシア文学には、魅力を感じてしまいます。

どこか共感してしまうところがあるのかもしれません。

トルストイのような偉大な思想と頭脳の持ち主で人間というものを深く考察してきた人間ですら、晩年に自らの過去の作品を否定したくらいですから、人生は本当に常に勉強で進化せざるえないかないのかもしれないですね。

トルストイやドストエフスキーと私自身の人生比べるのももちろんおこがましいのですが(^_^;)やはり「どんな時代になっても良いものは良い」ってことで作品楽しみながら人生の参考書としても読んでいきたいです。

2014年|03月|06日|15:52 |from ちゃま| URL

Ken様


こんにちは。
リンクありがとうございます。

私自身は孤独が好きです。いや…むしろ大好きです(^_^;)
そして、孤独の良さや素晴らしさも頭では理解しているつもりです。

でも、本当に孤独が最良かと考えると残念ながら否定する考えも当然にあります。

ですので、ものすごくわがままな生き方になってしまうのですが、「基本的に孤独で生きつつ、ある一定の距離感を持ってつかず離れずで他人と接する」というような生き方が私の性分として合っていて今現在は良いかなと考えてます。

年齢も年齢で×1孤り者なんて生き方してるとこれまでも「将来的に寂しくなる」とかも考えなかった時期がないことはなかったのですし、もっと若いときには人並みかもしかすると人一倍に対人欲求も強かったりしたのですが…それだけに今現在は結果として、孤独好きなのかもしれないです。

ken様ならご理解いただけるかもですが、自分や自分以外の人間に対して気持ちや理解力が強い分、孤独を好む人達がいることもあったりして人間って難しいなと…つくづく考えたりします。(^_^;)




2014年|03月|06日|16:51 |from ちゃま| URL

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