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勝手にリンクしてはいけないのですね…ごめんなさい…許可取りにいきます…とちょっと調子上向きなので調子に乗ってあまり好きではない宗教にエールなど送ってみます

宗教は阿片だといわれる。
しかし宗教は阿片の中から生まれるのではなく、阿片を必要とする世界から生まれる
~梅本克己~  


( -_-)ジッ
ちゃまです。

ちゃまは重大なマナー違反をしてしまっていました。

ついついスマホでブログ閲覧しているとリンク申請してしまったり、共感させていただいたブログに気楽にリンク申請してしまっていました…

初心者とはいえ申し訳ありませんでした。

一度、消去して改めて許可をいただきにお邪魔します。

勝手にリンクさせていただいていた方々に本当に申し訳ございませんでした。<(_ _)>

さて、長かった魔の3ヶ月も終わりに近づき、最近ようやくいろいろと調子が上がってきたように思います。
ある方のブログで魔の3ヶ月の理由も医学的に勉強させていただいたき少し理由がわかったりしたのですが、どうもやはりそれだけではないような調子の上向き方です。
( -_-)ある方からコメントいただいた本当にその通りでちゃまの場合はちょっと闇や病みに悩んでる暗いときくらいの方がブログ的には脂がのってくるような気がするのだけれどもね!(゜Д゜)安心しろ!おまえなんかパターン的にどうせすぐ落ちるから!!今みたいな半端に浮ついてるくらいの時が一番危険だから調子乗らず気を引き締めろよ!

オカルト嫌いなちゃまですが…やはり占いという統計学は侮れないとつくづく…
( -_-)いや…昔は占い大好きだったから~(゜Д゜)子供の頃、妹や姉が買う少女占い雑誌毎月、誰よりも熟読したりする変なガキだったからな~姉も妹もひいてたぞ…

もちろん、思い込みあるとは思うですが…宗教でも占いでも自分にとって都合が良く自分を向上させてくれるなら、否定ばかりせず受け入れるのも大切かもしれないなとは思っています。
( -_-)ちゃまは宗教否定派っぽいところがあるのだけども90過ぎて持病持ちの祖母なんかには、その開祖さんの良き教えを説明したりして信仰促して良き力に変えてもらうようにしてたりするからね!ある意味で宗教信じきってるから元気に生きられてるようにも思うしこればっかりは長生きしたい祖母の信仰を応援せざるおえん!(゜Д゜)90過ぎて改心もクソないし害もないしな~なにかを正しく信仰することも大事ではあるしおまえ自体頭わるいくせに自分で考え過ぎの頭でっかち馬鹿野郎ではあるけど多の天才偉人信仰でもあるわけだしな!

しかし、やはり力ある宗教にはそれだけの副作用やデメリットも当然あるので、ちゃま自身は哲学として勉強したり教えを学ぶという一線は張っていきたいと考えています。
( -_-)偉人による哲学は詰まってるわけだしいいとこ取りはして損はないとは思ってますしおすし。(゜Д゜)自分の思考左右されたり洗脳されなきゃ良いってことだよ!墓守や金儲けばっかりしてないで良い教えの宗教がもう少し日本の民度向上やメンタルヘルスのケアにつながるようなことしてくれても良いはずなのに今の時代は難しいか…まぁ頑張って!

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常に求められる判断に確実に完璧な正解を導き出だすのは不可能だけれども生きるためには思考や経験からその確率を上げていく作業も常に必要なわけだし本当に人生ってギャンブルだなと

安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。
~ヘレン・ケラー~

( -_-)ジッ
ちゃまです。

ちゃまは、人間というのは常に求められる判断によって、結局の所は自分自身の望むように生きているのだと考えています。

そして、その判断によっては精神的や肉体的に死に至るという当たり前のことをこれまでの人生の中でしみじみと感じ、そしてそのことについて深く考えさせられてしまうような自分が選び出して望んだ結果の中で、なんとか生き生かされているのだと思っています。
( -_-)当たり前のことを深追いするのがちゃまの哀しい性分だから!(゜Д゜)哲学なんかも結局は当たり前なことを掘り下げて理解したりそこから何かを生み出すようなことをするような当たり前体操~♪って感じだからな~

例えば、今、裁判の結果がニュースに流れているようなある殺人事件がありますが、その報道内容を見ていても人間としては悲しいことなですが、どこか冷徹にそう思ってしまうのです。

この殺人事件は、既婚者である女性がパート先で男性と知り合い、恋仲(裁判員裁判の判断により一定の恋仲と認定) になり、その相手方の男性が夫婦宅に侵入しその女性のいるそばで寝ている女性の夫を殺害してしまうという事件だったそうです。

この裁判が注目され大きく報道されるきっかけとなった重要な争点は、加害者男性がこの犯行に関してその女性との共謀関係にあったと主張したことから裁判員制度としては判決が難しくなったことだと思います。

しかし、なにがあったにしろ、この加害者が判断を誤り、法治国家で殺人という法律上の重大な違反を犯したということは事実なので、厳しく罰せられ償いを求められることは当然の報いでしょう。

そして、この女性は、共謀に関しては裁判上では認められなかったものの、どのようないきさつや思考(一応加害者男性の一方的な要求と行為によるものであってあくまでも悲運な被害者遺族として主張)によってであれ、自らの判断により一定の不貞行為があったことは公にされたために、その判断による結果をもって、今後、生きていかなければならないわけです。
( -_-)善悪を問わずどうしても社会的制裁ってのもあるからね~世の中はある意味で法律より厳しいからからね!!(゜Д゜)特に最近のネットで鍛えられた世論はシビアだしな!

そして…このような事件の報道で精神的にも一度死んでるような虚無主義者としてやはり一番考えされるのは、無念にもお亡くなりになった被害者の方のことです。

親御さんが裁判で加害者に思いを話されたりしたらしのですが、こればかりは、残された直系遺族のような方はどこまでも被害者の方の人生を振り返っても大変辛く悲しい苦悩の中で生きていかれることだと思います。

被害者の方はどこで判断すればよかったのか…この女性と結婚しなければ今も生きていられたのか…そもそも知り合わなければよかったのか…正解というのは無に等しいのではないかと思うのですが結果としては、大変残念がらそんな思いをも自らされる機会を欲望に負け、浅はかな判断をした人間によって奪われたわけです。
( -_-)果たして他人の命奪って自分の貴重な時間と自由を捨てる程の成し遂げる価値があった恋や愛だったのか…せいぜい塀の中でゆっくり考えればよいかと…死んでしまった人はそれすら出来なかったというのを根本に…(゜Д゜)考える頭があればな…恋は盲目とはいえこの国で生まれ育ちいい年齢して今回のような経緯で殺人に疑問を感じず他の判断が出来なかった人間に根本的にそれが可能なのかも普通に怪しいだろ…まぁある意味で純粋ではあるしどんな人間か知らないけれども…性根が腐りきってたら更生もくそもなくアウトだしな…


ちゃまは、うつ病に苦しみつつ元嫁のことやパワハラのこと、そして生まれ育った環境や父親のこと等、それまでの人生で関わってきた自分をこの辛い思考に追いやった「明らかに道徳的や社会通念上にも悪い」要因であると自分が考えた他人達の言行動が頭にぐるぐるとよぎることが止められず、どうしても許せずで暗黒面に堕ちて行きました。

しかし、どこかで自分に対しても冷徹な怒りとして「そのこれまでの人生を選択して判断してきたのも自分」であり、「自分が何の落ち度もなく聖人のように生きてこれたわけもなく…その関わってきた他人達にも思考も思想もありそれに対して完璧な正解で対応、応対が出来てきたわけでもない」という「事実」も理解してしまい、結果としてどこにも怒りをぶつけることも出来ず、そんな負の思考のスパイラルにももがき苦しみました。
( -_-)そう…パワハラすらその会社に望んで入ったのも自分…負けたのも自分…そこまで人生全て自分の判断だと…苦しかった…(゜Д゜)宗教でもはまれてばな…「オーマイゴッド」で神の責任にして逃げる道もあったかもしれないのに…それが出来ないのもおまえの不器用な性分で判断だ…

その結果として、苦しみから解放される為に全てから逃げるという悲しい判断も頭によぎってはいたのですがそれも果たせず…生きるために「自分のことも他人のこともそんなに理解出来るなら自分や他人のいろいろなことをもう全て許してしまおう」という安楽に生きる為の術を虚無の果てに模索するようになっていったように思うのです。
( -_-)まだまだだけれどもね…でもかなり安楽な思考にはなった!(゜Д゜)修行が足りん!もっと頑張れ!!

人間は、1人では生まれても生きてもいけませんし何も求めないという悟りの果てには即神仏のように死んでしまいます。

しかし、何かを求めるということは当然に危険も伴います。

人生というのはそんな矛盾の中で、試行錯誤を繰り返しながら生きていくしかないものだとちゃまは思っています。

そして、そんな試行錯誤と選択の連続の中で、極力、悪い欲望や人間の弱さにより判断を間違わないように冷静でどこか冷徹な思考を求めたのも、変に熱いところがありお馬鹿でそして臆病だったちゃまが安楽に生きる為に望んだ結果であり、今現在、こうして生きられていること自体がその答えなのかもしれません。
( -_-)人間にとって欲望は必要だけれども、欲望の使い方によって自分や他人をあらゆる意味で殺してしまうのもまた人間の難しさ…残りの人生は判断を間違えずなるべく悔いなきように!!(゜Д゜)まぁあんまり判断ばかり気にしすぎて萎縮するのもよくないよ!人生なんてギャンブルみたいなもんでもあるからなぁ!要は最後に満足して笑って逝ければ勝ちくらいなもんだったりもするし!!ただギャンブルも運だけでは勝てないのだから人生も経験からの独自の思考も大事ってことじゃないか!!だから負けてる時も学んでると思ってそこで終わらせるのではなくその経験使って最終的にトータルで勝てればいいってことよ!!!


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ブログにお馬鹿な内容で考え書きつつ思考整理しつつ思想も昇華しているのです

人生でもっとも輝かしい時は、いわゆる栄光の時なのでなく、落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来に成し遂げる展望がわき上がるのを感じたときなのだ。
~ギュスターヴ・フローベール~

( -_-)ジッ
ちゃまです。

前々から薄々とは気づいてはいたのですが…今、ちゃまはブログというツールを精神的なケアにも重用し活用しています。
( -_-)もうなんか…ブログ始めた本当の目的を逸脱しすぎて…なんかねぇ…(゜Д゜)自分でもわけわかないブログになってるだろ!!

ちゃまは元々、遺伝的なのか男のくせによく口が回り喋るタイプで、それに加え「人間なんか言語能力発達した代わりにテレパシー使えないのだから喋ってなんぼ!!」という言葉の意味はよくわからんがとにかくすごい自信だ適な特有の持論を子供の頃から持ってしまっていた為に「とにかく話す」ということが大事だと考え、そして他人と会話することがとにかく人一倍好きだったのです。
( -_-)「男は黙って…」ってのが苦手でね~若い時は女の人みたいに平気で何時間も長電話とか毎日のようにしてたしね~おしゃべりな男はモテないとかよくいうけど~あんなのかなりのイケメンに限るからやっぱ喋らなあかんやろ!!とかも考えてた…(゜Д゜)なぁに~やっちまったな!!「よくそんなに喋ることあるな~」って周りの男友達ちょっとひいてたもんな!!

しかしそれも、年齢を重ねいろいろ辛い経験することに他人の影響やそれに伴う自分の思考の変化により無意味だと思い知らせていき、最後の止めとしてのようにあの頃(パワハラ~離婚かけて)以来、すっかりと変わってしまいました…

話す相手を作ることも話をして他人とコミュニケーションをとりお互いの思考を交わしあうことにも、とうとうどこか覚めてしまったのです。
( -_-)自分でもまさか虚無主義者になってしまうとは…

「結局、最終的には意味をがないかもしくはなくなる…真に他人と分かり合うことは努力してもどれだけなにかを費やしても自分には不可能…何かを他人に期待しても最終的には無意味どころかデメリットばかり…」と哀しい思考が本能的な対人欲求よりも強くなってしまったちゃまには、生活上必要な会話以外の「心を許して話し合う」という元来、大好物だったことに虚無感を持つようになってしまったのです。

しかし、そのことは、自分自身の「他人」というものに対する考えを改めるという試練だったと今は考えられるようになっています。
( -_-)いや…いろいろあって昔から人間不信気味ではあってシビアに考えてきつもりだったのだけれどもね…(゜Д゜)まさかその果ての思考を求めることになるとはな…

そして、その試練を終えたちゃまは、他人や社会に対して「期待するしない」や「求める求めない」ということすら「無」とし、新たな境地からのそれまでとは違う視点で他人を見つめることで新たな段階へと向かう途中だと自分では考えています。

しかし、ちゃまは過去に心許せる他人と会話することにより、同時に自らの思考を整理をするということをしていたわけです。

そして、その思考整理作業が出来ずに脳内が乱雑になってしまっていたことも、うつ病を引き起こしたきっかけの一つではないかと考えています。
( -_-)本当に他人とのたわいもない会話の中で自分の考えを話すことによって、思考整理も新たな良い考えも出て来てたりしたから…(゜Д゜)あのパワハラハゲの陰湿に周到な嫌がらせさえなければな…おまえの人生も違ったろうに…あいつだけはな…まぁでもそれがなければ見えなかった世界も今の思考もないわけだし!自分の腹で消化し乗り越えたからいいじゃん!前向きに行こうぜ!

ただ、虚無に至る過程の中で、そのことも解決されていくわけですが、やはり人間として現実社会で生きる上では、思考を整理するという行為が出来ればそれだけ脳的にも捗ることが多いわけで、全くのセルフでそれをするよりはなにかツールがあった方が良いのです。

そのツールとして「ブログ」というのはちゃまにとって、大変、便利に使用しています。

私的日記などをつけることがこれまでなく、自分の思想をネット上にさらけ出すことにも警戒感が強かったちゃまですが…どうしても人一倍に深慮するという性分であり、どれだけ無に近づいてもまだまだ脳も思想も若いので日々溜まっていく思考の排出口としてもこうして考えて文章を打ちながら頭にあるものを整理する場としても重宝してます。
( -_-)他の多くのブロガーさんのようにもっと早く始めてれば良かったと…つくづく…(゜Д゜)下手なこだわりは身を縮めるんだよ!まぁでも今始めたから良かったこともあるのじゃないか!!今の思考だから書けることもあるわけだし~若い時のおまえの各種思想だとになにかと危険だったかもよ!!

そして、こうしたブログなどを始めたり新たな心境の変化などが起きるのも、どれだけ思考が絶望の淵に追いやられようがやはり「生きたい」という強い本能がなす人間の力なのかもしれません。

ちゃまはこれまで、度々深い暗黒面に「自ら」やまたは「他人等による不条理な不可抗力」により落とされる度に「これでもか…これだけ考えても結局こうなるのか…もういいやろう!もうこれ以上は無理!」と考え自ら死にかけたりいろいろ失ってきた暗い過去がありますが、結局、その都度、思考も思想などの精神面も強化されており実際に今現在、なんとか生きてます。

おそらく、今後もこの極まで考える絶望適思考の持ち主が想像する遥か斜め上をいくような事態が、ちゃまの身の上にも周辺社会的にも起こっていくのかもしれません。

そして、その都度、脳が生きるという判断をする以上は、苦悩してその事態に対処する思案を過去の記憶と新たな要件を元にこの思考を使って、自分自身を活かし安楽に生きる術を導き出して、また新たな思想として死ぬまで生きることでしょう。
( -_-)一部の人間を除いて、多く人がみんなそうやって影ながら苦労も苦悩もして生きてるのだからね~まぁちゃまに的には今回ばかりはこの馬鹿げた人生かけて「自分の思想の最終形態」目指してきたからよほどのことがない限り大丈夫だとは思うのはだけれども…こればっかりは人間なにがあるかわかんないから…ねぇドドリアさん??(゜Д゜)誰がドドリアさんだよ!最終形態でフリーザかよ!ならせめてザーボンさんにしてくれよ!まぁ生きるってことは伊達じゃないよな~まぁ死ぬのが怖くないところまで到達したんだから大丈夫じゃないか!!

それがちゃまの性分から望んだ人生であり、脳が死に至るまで繰り返される人間という生物の定めだと考えています。
( -_-)そしてそれぞれの幸福を望み!それを一つ一つ達成することに喜びを見いだしていくのさ!!(゜Д゜)そうやって思考整理と共に良い考えに持っていくのも良いことかもな!

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フィリピン台風被害の報道を傍観しながらいろいろ思い出したり考えさせられること#2

世の中には体は生きているが、心が死んでいる者がいる。反対に、体が滅んでも魂が残っている者もいる。心が死んでしまえば生きていても、仕方がない。魂が残っていれば、たとえ体が滅んでも意味がある。
~吉田松陰~


( -_-)ジッ
ちゃまです。

前回からのつづきです。



ちゃまはあの登校拒否時代と同じ部屋で同じようにあの時以上の暗黒面に堕ちつつ、阪神淡路大震災以上の被害や惨状が報道されるのをただただ見ていました。

死者が確認され毎日のように数字が上がっていくのを…あの震災の数倍の人が亡くなっていくのを…
( -_-)こんな時…残酷にも簡単に数字には出るけど…その一人一人に人生があり歴史があり思想があったなんて考えると…たまらないものなのです…

しばらくすると自分自身のこともあり絶望感がしかないような気持ちになっていったことを覚えています。
( -_-)平常な時でもきついのだろうけれども…病んでたからよけいにいろいろ考えさせられてね…(゜Д゜)あと…この狭い島国でメルトダウンという人災な…子供のころからシムシティ愛好家で保守的政治おたくだったおまえには絶望やら怒りやらいろいろ考えさせれることになったよな…思想改めるきっかけにもなったし…いろいろ国にも責任あるから難しい問題だけど、今でも当時の東電上層部が平々と多額の退職金と共に余生謳歌してる人間の無罪判決の報道やらにルサンチマン的には虚無感を促されたりしてるけどな…

そして、情けない話ですがしばらく津波の映像を見る度にこみ上げてくるなんともいえない想像力がわき、毎度のように涙が止まらなくなっていました。
( -_-)だんだん平気になっていったけれども…つい数ヶ月前くらいまでは潤んでたね…

そして、あの頃すぐにはまだ「被災して亡くなった人達の分まで頑張って生きよう」といった単純でポジティブな考えには病んでいたちゃまがなれたわけでもなかったのです。

しかし、ちゃまが今現在、こうして生きていられるのは、結果的にあの震災がその後、じわじわと「命や人間とは」というちゃまが子供の頃から抱いていた疑問を強く再認識させてくれて、その疑問を解決させたいという願望を促進させてくれたことによるものだと思ってもいます。
( -_-)夢も希望も生きたいという本能的願望も強く持っていた多くの人達が志半ばで自然災害という鉾先を向けられないことに対して落ち度無く命を奪われるという不条理…残された人達の想い…本当に多く考えさせられ学ばせていただきました…

そして、そのことがそれまでの小さい思考での死や生に対してのネガティブな想いを吹っ切るきっかけにもなったと今は考えている為、今現在、生きられている思考の一部を与えてもらったようにも思えるわけです。
( -_-)被災者や犠牲者の方に確実に多くの人がそのようななんらかの生きる力をもたらしていただいてるように思うわけです。

そんなちゃまは、やはりこのような知りうる限りの重大な事柄に関しては、事実を知り個々が自分なりに深く考えて教訓を導き出す事が人間にとって大切なことだと考えているのです。

例えば、今回のフィリピン台風被害に際して、被害住民による略奪、その他人間として残念な犯罪行為等が起きていたりして問題になっています。

このことをただ単に「日本人に比べて民度が低い」と片付けてしまえばそれまでなのですが、単に日本人の方が優れているということでもないとちゃまは考えています。

おそらく「何も保証されてないし信用もできないが本能的に生きたい」というのが、このような行為を起こしている人達の思考だと思います。

民度だけでいえば日本人は、新渡戸武士道的な精神や思考がどこかある人間がまだまだ多いので、自他の自浄作用が働き自尊心持ってぎりぎりまでは我慢出来ることでしょう。

しかし、それも大多数の人間は、「待てば助けられる」という希望があってのことであって、その保証がなければ極限の状態で「自分や愛する者の命より他人や秩序優先」とし自他共に活かし生きるといったことが出来る人間は、そこそこの思想の持ち主かもしくはなにかの熱心な宗教信者くらいだと思います。

もし、今回のフィリピンのように、何も信ずるものがなく自分や愛する家族が生命の危機に瀕したときに、どのような行動をとるのか…ニヒリストとしては、極端にいえば「正しい」というものは存在せずそこにはその人自身にしか正解がないと考えたりもするわけです。

なので、このような生身の歴史や出来事、自分には実害がなく関係のないような実際に起きた悲惨な自然災害からもいろいろと学び、自らの頭でいろいろと考えて、ただ単に自分が生き延びる方法だけでなく思想的にも強化させてもらうことが生命保存や人間の進化にとって必要なことであり自分自身も活かし生きることが出来る術で人間としての英知ではないかとなんとなく考えたりするのです。
( -_-)もちろん、物理的な防災対策を考えるのも必要なのだけれども、このような事柄に際して自分や他人の生や死に対して見つめ直し考える作業というのも大切でそれが自分の力にもなり、しいては民度の維持や向上に繋がるかと!なんてこと思ったり…(゜Д゜)日本もこれからいろいろとどうなるかわからないし民度も過去と比べても今が最高潮くらいでもしかしたら下降していくかもな~やっぱり多く人達の犠牲の上にある歴史や亡くっても伝わる残してくれた強い生への想いや魂みたいなものから学ぶという基本的な道徳が大事かもよ!

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フィリピン台風被害の報道を傍観しながらいろいろ思い出したり考えさせられること#1

人は自然の全体なり。故に自然を知らざるときは吾が身神の生死を知らず、生死を知らざるときは自然の人に非ず。人に非ずして、生きて何をか為さんや。
~安藤昌益~

( -_-)ジッ
ちゃまです。

フィリピンの台風被害が甚大なことになっています。

ちゃまは前々回の記事で「自然災害も人間によってもたらされている」なんていうことを書いてしまいましたが、これは別に何者かの陰謀やオカルトめいたことを信じてるというわけではなく、ただ単に「そりゃこれだけ産業革命以降、急速に自然破壊してたら少なからず時とともに自然環境に何らかの影響ありますわな~」という一般論からの考えを書いただけです。
( -_-)「地球は!人間のエゴ全部を飲み込めやしない!」byシャア(゜Д゜)「人間の知恵はそんなもんだって、乗り越えられる!」byアムロ

かといってちゃまは自然愛護精神がとりわけ強いわけでもなく…今や悲しいかな下手に正義感があるわけでも守るべき未来ある人がいるわけでもない残念な虚無主義者なので、「そうやってじわじわと自分で自分の首を真綿で閉めるようにしていくのがどれだけ科学や文明が発達しても矛盾して逆行してしまう人間の進化しない愚かさですわなぁ~」という中二病的発想をしながら平和ボケした国に生まれ育った人間として傍観しているだけです。
( -_-)「地球が持たんときがきているのだ!」byシャアなんてことはないけどね~地球からしたら人間ごとき皮膚に住み着いた微生物が暴れようがそれによって少々死に絶えるまでの時間早まろうがどうってことないのだけれども…(゜Д゜)本当に人間の一人相撲で地球の責任にしたり自分達の責任にしてわーきゃー騒いでるだけで地球は自然にいろいろただサイクルして存在してるだけだよな…

ただ、そんな平和ボケした現代日本人もこと自然災害に関しては地震大国として他の国より全くボケることが出来ないという悲しい歴史があります。

地震に関しては、台風等の気象災害のような自然環境や破壊がどうのこうのというような憤りの逃げ道もなく、地球という星に生きる以上は避けられないことかもしれません。

ちゃまはこれまで自分自身が「被災者」となることはなかったのですが、個人的に2つの「大震災」というものに強く影響を受けてきたように思うのです。

一つは、阪神淡路大震災です。
あの震災が起きた時にちゃまはたまたま登校拒否をしていました。

( -_-)以下〖〗内余談です。のでご閲覧いただいてるお方は読み飛ばしてくださいませ~
〖ちょっとこれは書きたい話とは逸れて余分な少しちゃまの嫌いなオカルトめいた不思議な話になるのですが…

ちゃまは当時、自宅の二階の部屋で寝ていて普通じゃないものすごい揺れに飛び起き慌てて階段を駆け降り玄関を飛び出したのですが…誰も起きてこずで…家族の寝ているところに確認しにいっても普通に寝ており…仕方なく部屋に戻りテレビ付けても何もなくで時計を確認すると4時を回っていた(なぜか冷静で「4時すぎ」という時間まで正確に記憶していた)ので「夢かぁ…」ということで再び寝りにつくとまた強い揺れで起こされました。

「また同じ夢かぁ…」と思い時計を確認すると1時間足らずしか経過しておらず再び眠りついたのですが…
しばらくすると母親が階段を駆け上がってきたのです。

どうも強い揺れに驚き母と姉や妹は外に慌てて飛び出しらしいのですが…母はちゃまがいないことに気づき部屋に呼びに着てくれたようで…揺れが強いはずの二階で普通に寝ているちゃまを見て呆れたらしい…〗
( -_-)以上余談でした…(゜Д゜)おまえの記事なんか全部余談みたいなもんだろうが!!!

話は戻して…ちゃまは母方が阪神圏出身なので、祖父母や叔父叔母、従兄弟等多くの近い親類が多数被災しており、母は報道を見て青ざめ、登校拒否していたちゃまと安否確認に奔走していました。

ちゃまが知っている親類に死者がいなかったものの、ようやく連絡が着いた祖父母により仲の良かった従兄弟がタンスの下敷きになり大怪我しつつ家族を車で尼崎から神戸市北区の山わいに住む比較的に安全な祖父母元へ避難するために自ら運転して向かっていると聞いた時は、漠然としたテレビの中で起こってるようなことに現実味が帯びて恐怖を感じたことを覚えています。

そして、その後、学校に行ってなくてテレビ報道に釘付けになっていたちゃまは、伝えられる惨状や死者数の表記が日に日に上がっていくのを見ていました。
その時に何を考えていたのかは明確には思い出せないのですが、「一つの不意な事により多くの人が命を無くす」という現実に起きた出来事が、多感な時期が人一倍多感で学校生活や家庭環境などいろいろな事情により暗黒面に墜ちていたちゃまの脳になんらから記憶を植え付けたのは確かです。
( -_-)出生地でもあり…子供のころから慣れ親しんだ地域だったからね~そのほんの数年後しばらく神戸の下町あたりという被害がひどかったあたりを中心にしばらく生活することになるのだけれども~もう完全に綺麗に生まれ変わった都市へと復興していて驚いた!日本人ってやっぱりすごいんだなぁ~と!!(゜Д゜)長田とか良い町になってたよな!

そして、もう一つはもちろんのこと東日本大震災です。
3.11に関しては、当時、物心ついた年齢以上の日本人なら多かれ少なかれ何らかの影響を受けていると思われますが、当然ながらちゃまもその後の人生観に多大な影響を受けました。

この時も「偶然」というよりそう考えてしまうだけなのですが…ちゃまは非常に深い暗黒面に落ちておりました。

そして、ちゃまは若い時から割といろいろなところに転居している方なのですが、たまたまうつ病療養の為に実家に戻っており、しかし以前の結婚前まで使用していた別棟の部屋はもぬけの殻状態でテレビ等も無く過ごせる環境になっかたので仕方なく中学生時代まで使用していた方の部屋で療養することにしました。

そして、すぐに起きたのがあの震災です。

長くなりそうなので一度区切ります。
( -_-)つづきます。良ければ続きを読みに来てくださいませ~

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幸や不幸なんて自己満足の世界で感じればよいことで結局その人の思考によるわけだしもういいよ~

幸福とは心の状態を言う。物事をどう見るかだ。幸福とは満足することだと思っているが、これは金持ちであることを意味してはいない
~ウォルト・ディズニー~


( -_-)ジッ
ちゃまです。

いろいろと絶不調です…

ブログ用にいろいろ書いててもまとめると暗い記事になっていき堕ちていくような内容ばかりストックされていくのですが~調子が悪いからといってあまり連続して滅入ってるようなこと書くのも性にあわないし本望でもなく本心ともズレていきそうなので、たまには気分転換にちょっとほっこりした出来事を書いてみます。
( -_-)(゜Д゜)ほっこりってなに??元々暗く明るいお馬鹿ブログなんだからどす暗い記事だろうがなんでもいいじゃん!!

さて、ちゃまは子供の頃からあまりお菓子を食べないのですが、たまたま先日もらった「コアラのマーチ」が1箱部屋に転がっていたので何年ぶりかに食べました。
( -_-)子供の頃はみんながビックリマンチョコとか買ってる時にお小遣い貰うと満を持して駄菓子屋でサッポロ一番味噌ラーメン買う方のタイプだったからね…(゜Д゜)さらっと「方の」っなんだよ?!そんなタイプが他に多くいたかのように書くなよ!!

そして、ふと「そういえばまゆげコアラ出たら幸せとか昔あったな~」なんことをて思い出し、少し気にしながら食べていると…あっけなく登場してくれました。

そして、それを眺めながら食べ進めると残りわずかで、なんと!またまた登場!!
( -_-)さすがにちょっと驚いて大人気なく一応写メ撮ってしまった…

「へえ~案外出るもんなのかなぁ??」ってことでちょっといろいろなサイトを覗いて見ることにしました。

そして見つけた検証サイトによると、どうやら平均すると6箱に1つくらいの割合で出現とのことで…それほどレアでもないことが発覚してしてしまったのですが…

まぁ…数年ぶりにたまたまもらって食べた1箱から2つってことで、「ちょっとほっこり出来ただけでも良かった…かな…」という30過ぎたおっさんの哀愁ただよう一時でした…
( -_-)いや…別に寂しくも悲しくもないのだけれども…ただ最近体調悪いし寒すぎて…たまにちょっと虚しいだけ…(゜Д゜)虚しいだぁけ~こぉなぁああああゆぅきぃいいいいいいいいぃねぇ♬ってやっぱりくれぇよ!!たまにはカラオケか呑みにでもいって騒いでこいよ…

しかし、ちゃまは最近、そんなほっこりとした小さな幸せを「幸せだな」と本当に思ったり感じることが出来れば人間って結構幸せなことが多いのではないかと考えています。

そして、そう思えたり感じたり出来るようになったのも、これまでのしょっぱい想いしたこといっぱいの人生や心ある人達が少なからず支えてくれたおかげでもあるわけで、それらのことに感謝出来るのも幸せだと考えられることが出来ればさらに幸せなわけです。

なので、不幸な人間に突然、物理的に目に見えるような幸福が舞い混むということはよほどありませんが、不幸な出来事や人生に際してその都度、それ相応の覚悟をもって苦悩し、その過程で思考を変化させることにより、それまで気にしていなかった些細なあらゆる物事に幸せを感じることが出来て、そしてそれを忘れないことによってその幸福感を持続する事が出来ると考えています。
( -_-)まぁねぇ~人間の幸や不幸なんか人それぞれだし~その人間が「幸せ」だと感じれば幸せなわけだしね!ちゃまの場合は極までいけば「無」だし~無になれればあらゆることがくだらなくてあらゆることが尊く思えるもんさ~って感じの人間に望まずしてなってしまったから…意外に自分では強がりや見栄じゃなく幸福感に関しては満足してるような…大体、ちゃまからしたら「幸せ」なんてものに関して他人と比べたり他人の評価気にしてる人間は不幸にしかみえないよ!(゜Д゜)その比較や評価をやたらしたがったり他人に強要する奴とかいたり社会的にもそんな風潮あるけど正に愚の骨頂だよな!!


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| 幸・不幸 | コメント(2)

今まで生きてきて「普通の人間」という人に会ったことない

ただ普通であるということのために、莫大なエネルギーを使っている人がいることを誰も理解していません。
~アルベール・カミュ~

( -_-)ジッ
ちゃまです。

ちょっといろいろあって久々の更新です。

毎日毎日、世の中には本当にいろいろなことがあります。

自然災害のようなニュース以外は大概は人間によって起きています。

いや、ちゃまから言わせれば自然災害も結局のところ人間によって引き起こされ、さらに人間によって報道されてるわけで、本当に地球の@@@@だなとつくづく思います。
( -_-)(゜Д゜)なにを言いたいの??

さて、ちゃまは子供の頃から「普通の人生」に強い憧れを持っていました。

それは、日本でいう社会一般的な「普通」といわれる人生なのですがちゃまの解釈は…

中流家庭に生まれ、両親とも仲良く健全な家庭に生まれ育ち、学生時代は学業、運動に励みそして恋愛、友情を経験して健全な精神を育み、仕事を見つけ家庭を築き子供を作り育て死んでいくということです。

ただ、それは年齢を重ねいろいろな経験や見聞するにつれて如何に馬鹿馬鹿しい絵空事であったかを思い知らされていきました。

ちゃまは、うつ病以前からメンタル面での悩みが多い方だったので精神疾患のことや心理学などに深い興味がありました。

勿論のこととして、ちゃまは望まずして環境とDNAにより若い時から思考が少し変わった傾向にあることは自覚していました。

なので余計に「普通」や「真実」そして「正しさ」というものに強く憧れて望み、またその反動で疑問も感じていろいろなことに反発してきたのかもしれません。

しかし、今は、感受性が強く生まれ育っただけのこれまで感じ吸収し考えてきた行動やその結果から得た思考は、自分なりに信頼しそれを唯一の誇りと自尊心としてなんとか生きてこれたように思います。
( -_-)別に法律上の罪も犯したことないしさ…なんでこんな暗めの人生や思考になっていってしまったのか自分でも残念…まぁその分…今や後悔や悔いがないことが救いだけど…(゜Д゜)最後に自己満足と誇り持って死ねたらいいんじゃね!頑張れ!!

ただその結果として、うつ病も発症してしまうのですが…

ちゃまは当時、前にも書いたのですが、少し回復した時に過去の人生総決算で「自分」に対してもうつ病発症する起因になった「他人達」に対しても怒り狂っており、半端に知識があったので自分がうつ病を発症するまでの細かな経緯も理解しており、これまでの自分に対しても、それまで接してきた他人に対しても失望しており完全に堕ちていきました。
そして、それを「うつ病」という一言で自己責任としてこれまで受けてきた全ての不条理を自分に帰属させる苦悩の中でこんなことをほざいてました…

「俺が病んでて頭おかしいなら世の中の人間全員が病んでるし普通面して生きてる人間の方がよっぽど頭おかしいわ!!」と…

これは、確かに病んでおり暗黒面に墜ちていたちゃまが悔し紛れに言っていた言葉なのですが、実際、子供の頃からいろいろな他人の言行動や見聞して感じていたことであり、今、こうしておっさんになり落ち着いて見渡しても間違えた考えではないと思ってます。

なので、ちゃまは世の中に「普通の人間」というのはいないと確信しています。
( -_-)もし「自分は普通の人間です!」なんて本気で思ってる人がいたら~ちゃまに言わせればその時点でなんらかの人格障害か自己暗示の上手い洗脳されたお花畑さんだからね!!

例えば、精神医学で「○○性人格障害」というのが何種類かあったりしますが、よくよく調べるとどんな人間にもその傾向があり、どんな人間も本性を包み隠さず出せば安易にそう名付けられるわけです。

そして、セロトニンやノルアドレナリンという脳内麻薬を分泌することにより、自分や他人により作り上げた仮想をより積極的暴走させて生きてるだけなのです。

さらに、ニヒリストから見れば、人間は誰しもが架空の物事を自分で想定して仮想の中で生きているに過ぎないので、極論で言えば「普通」というのはありえないわけです。

なので、「普通の生き方」なんてものは無いという前提の元に仮想で作られた現実社会をできるだけ死ぬまで安楽に生きられるようにより自由にそのために他人に対しての迷惑だけはなるべくならかけないように生きていくことが大切だと考えています。
( -_-)自分が安楽でいられるように法律や社会一般のルールや常識なんかは出来るだけ守りつつ、その範囲内で自分なりの掟を考えて自由にちょっと破天荒に生きることが 現代日本人の幸せかと!!(゜Д゜)なかなかそれも難しいけどな!!

そんな自分の人生に覚めてしまっているちゃまが今現在、望むことがあります。
一つは自分自身がはるか昔の若い頃たどり着いていた「愛こそ至高」という考えを「すべては仮想」という思考になってしまった今からでも自己満足の世界と認識したうえで完成させること。
そして、それに伴い想う人達にできるだけそれぞれの納得と満足して死んでもらうことです。

そして、それがちゃまの今の仮想の生きる糧なのです。
( -_-)まぁぶっちゃけ仮想というかちゃまは不器用な中二病的お馬鹿さんだから~そんな感じの大義名分みたいなのがないとモチベーションが上がらないだけかもね…(゜Д゜)日本男児ってか日本人はそういう人多いかもな!


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快気祝いに暗い記事を勢いよく書いてみようかと思ったり…

「こんなボケた国に調子をあわせていたらボケた人になってしまう」と思った。
スペイン人と日本人の違いはなんだと思う?
それは、スペイン人は明日も生きているとは思っていないところだよ。
「アスタ・マニャーナ」といえば、日本人は怠けもののスペイン人の使う言葉だと思っているだろう。
「アスタ・マニャーナ。今日は終わり、また明日」。
なんて怠け者だと日本人は思うが、実はこの後に「シ・ディオス・キエレ」と続く。
「アスタ・マニャーナ、シ・ディオス・キエレ」。これは、
「もしも明日も私が生きていたらお目にかかりましょう」という意味。
ここに、昨日も明日もなく、今日しかないんだという考えがある。
だから今日を精いっぱい楽しんで生きようとする。
日本人は10年も、何年先も、自分は生きていると思っている。
それはたんに生きているだけではないか。戦争がないに越したことはないが、平和が怖いのは平和ボケしてしまうことだよ。
~天本英世~

( -_-)ジッ
ちゃまです。

長引いた風邪ともようやく決着がつきそうです。
ちゃまは感受性が強いので、あの病院の負の雰囲気をもろに寄せ集めた感じが苦手なので、極力行きません。
なので今回もなんとか自力で乗り切りました。
( -_-)今回はヤバかった…肺炎ぎりだったね…さすがに医者行きかけた…(゜Д゜)どんだけ病院嫌いで自分の治癒力信じてるんだよ!馬鹿なの??


しかし、なんとか快気したとはいえ、ちゃまにとって本当に魔の3ヶ月なので今回もこのムードに乗せて暗い記事を一つ…
( -_-)本当に過去思い出しても元嫁が家出してうつ病発症の助長してくれたり…事故ったり…気を引き締めないと…

人間は、いつ死ぬかわかりません。

確実に明日の今頃にこうしてブログを打っていられるとはいえません。

ちゃまは、子供の頃から死に対して特別に興味があったわけでもないのですが、その圧倒的な力にどこか惹かれてもいました。

もし死んでしまえばすべてが終わるわけで、苦も楽も無くなってしまうわけです。
( -_-)苦も楽もどころかちゃま的には死んだら無だからね~そりゃ若い時から「人生は一度きり」ってのを深く考え過ぎて不器用に生きてきましたよ!!死後の世界?来世??スピリチュアル???現実から目を逸らして人生から逃げんてんじゃねーよ!!この世は夢の世界か??(゜Д゜)やっぱり宗教にはまれる奴は幸せだよな!

ちゃまは、昔から一つのたわいもない些細な問いに対しても極まで考えてしまうタイプでした。

ちゃまは、絶望的思考の持ち主なのかもしれません。。
いろいろなことをあまり極まで追いかけ考え過ぎると行き着く先は虚無なのです。

なので頭の良い人は、あまり深く考えず上手く良いところで都合よく切り上げるので幸せです。
そして、はなから深く考えない人も幸せです。

ちゃまのように頭悪いくせに脳が勝手にいろいろ考えてしまうタイプは生きにくいのかもしれません。
実際に生きにくさを感じてきましたし多くの関わった心ある人にそこを改善するように勧められてきました。
( -_-)自分ではいろいろ苦悩した結果、人生の醍醐味を楽しんでると今は思えるようになってる…端からみたら破天荒とか可哀想とか不憫に思われるけど…まぁ心外だよね!!(゜Д゜)まぁ自分が良いならいいんじゃないか!!

しかし、ちゃまは頭がわるいので自尊心が強くどこかで自信がありました。
「真実はいずれ報われる」と…
( -_-)まぁこの性格と性分でもう少し頭良ければとっくに死んでたかもしれないしもっと気楽に人生楽しんでたかもしれない!人間っておもしろいのよ!!(゜Д゜)まぁ人間はその人それぞれの生まれただけのことはあるってことだよな!

「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という葉隠の有名な一節があります。

これは、「武士たるもの死にもの狂いで戦え」や「いざとなれば腹切って自殺する覚悟を持て」といった意味ではないとちゃまは考えています。

ちゃまの解釈は「自分を潔く必死に活かし生かせて他人も潔く必死に活かし生かせ」です。

この解釈にはちゃまなりのこれまで思考があります。

ちゃまは、感受性が強すぎて幼い頃から多くの人の言行動や浮き沈みをもろに受け止め過ぎて神経過敏な人生を送ってきました。

しかし、その過敏さも年齢を重ねるごとに薄れつつあります。

ちゃまが今までしてきた因果が報われるのか、はたまた口落ちるのか今のちゃまにはわかりません。

しかしこうして、「風邪ひきまして体調悪いんですわ…」とブログに書き、それに対して一言ねぎらい言葉をかけていただけることに「ありがたいな」と喜びを感じることが出来ることを幸せだなと感じる自分に今現在、満足させてもらっております。
( -_-)昔は年をとるのも人一倍すごく恐怖を感じてたけど…最近はこの年齢重ねた感性も割と良いものだと歓迎出来るようになってきたような…(゜Д゜)もう初老の域だなおい!!!まだもっと前をみろよ!!!

ちゃまは、人間の一生というのはあらゆる事に関してプラマイゼロで無に帰ることが出来れば最高にベストだと考えています。

なので生かされてる以上はまだマイナスでやることがあるという仮想を本能的な生命力によりに造り生きています。

最終的にはすべてを自己満足の世界で理解して納得し無に帰りたいのですが、まだまだ若輩の上、自分が許しません。

「まだやることがある!」これを胸に生きにくい人生をいづれ死にいく時点で納得して満足するように全うしたいのです。
( -_-)ふぅ…実はもうその「まだやることがある」も一回はオールクリアしたんだけどね…もう人生自体は飽きてるのだけれども…まだだ!まだ終わらんよ!!(゜Д゜)シャアは結局のとこ逆シャアで死んだのか生きてるのかだけでも知りたいな!!

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